第3回 

高信太郎の羅勲児

 ナフナという大歌手がいます。漢字だと羅勲児と書きます。日本人がいつもまごつくのが、この韓国のラ行の読み方ですね。なぜ、羅(ラ)と書いてナと発音するのかと。詳しいことはわかりませんが、韓国ではラ行が頭に来た時その発音を避ける傾向があるようなのです。李(リ)をイとしたり、慮(ロ)をノとしたりです。またナフナという発音には、日本人がもうひとつまごつくリエゾンが入っています。羅勲児を区切って発音すればナ・フン・アになります。それを一気に発音するとフンのNが後のAとくっつき、NA(ナ)という音になるわけです。一人の歌手の名前にこれだけの韓国的なものが入っているなんて面白いですね。そして、このナフナという人物にも沢山の韓国的なものが詰まっています。ナフナを知るということが韓国を知ることになるのです。

 ぼくがナフナを知ったのは、韓国人の友人から送られてきた一本のテープからでした。その圧倒的な歌唱力にいっぺんに大ファンになってしまいました。「ムシロ」「カジマオー」「ウルギンウェウロ」「コヒャンヨク」「サラン」といずれも一度聞いたら忘れられない名曲ばかりです。テープがすり切れるほど聞いておぼえたこれらの歌を新宿の韓国居酒屋に出かけて歌いまくるという毎日が続きました。とうとう20曲ものレパートリーを歌詞カードなしで歌えるようになったのです。こういう努力をなぜ仕事の方に向けないのでしょう?

 会う人ごとにナフナの素晴らしさを語っていたぼくにチャンスはやってきました。なんと、日本公演に来たナフナに会えることになったのです。東洋経済新聞の山崎さんから「赤坂東急ホテルで取材するから、よかったらどうぞ」という電話が入ったのでした。

   約束の一時間を越えてもナフナ氏はぼくらの取材を受けてくれました。韓国のスーパースターと思えない気さくさです。そしてぼくが一番感心したのは彼こそ韓国サナイ(男)だということでした。彼の中に韓国のすべてがある、そんな感じです。

 釜山で生まれたナフナは子供のころからガキ大将だったそうです。何事も勉強もケンカも一番でなければ気がすまなかったという少年。お父さんは外国航路の船長さんでした。そのため家には外国のレコードがいっぱいあったそうです。アメリカのものやら日本のものやら。そういう曲をもの心がつくかつかないうちから聞いて育ったのです。またお母さんは民謡の先生でした。(おおきに注:違うと思います)

 ナフナの独特の歌唱法は少年時代の父と母から受けたものなのですね。「あらゆる経験が現在の自分の役に立っている」という言い方をナフナは何回もしました。

 例えば、釜山の海での素潜り競争です。近所の子供達と海の底の貝を取りっこするのです。他の子供達が諦めてしまうような深海にある貝もナフナは決して諦めずに何度も何度もトライし最後には必ず手に入れたそうです。毎日毎日そういうことをしていたためプロの海女さんと同じほどの肺活量になってしまった。ナフナのあのオペラ歌手かと思うような声量の秘密がここにあったわけです。

  そのころ流行り始めた野球にも夢中になったそうです。この時は少し残念そうに「もしあの当時プロ野球があったらそちらに進んでいた」といいました。ファンとしてはそのころ韓国にプロ野球がなくて本当によかったと思いましたね。ナフナの歌が聞けなかったかもしれないのですから。その野球だけは歌手生活と関係ないのでは?とぼくが聞くとナフナはニヤリと笑いました。実はこれが一番役に立っているのだと。ナフナは自分のステージは客とのケンカだというのです。勝つか負けるかの格闘のつもりで歌っているのだそうです。お客をK・Oするつもりでステージに上がる。その時、昔、野球できたえた闘争心がものをいうのだと。

   いやはやですね。ナフナの話は実に面白い。身振り手振り、時には節まで入れて楽しませてくれる。只で聞いて申し訳ないと思ったくらいです。根っからのエンターティナーなのですね。ナフナを知らない方にぜひ日本公演を御覧になる事をおすすめします。韓国の自分のヒット曲が素晴らしいのはもちろんですが、日本の曲も楽しめます。もちろん日本語でです。ぼくが一番好きなのが美空ひばりの「りんご追分」。実にナフナ流として完成されている。日本の他のどの歌手のものよりうまいとぼくは思う。そしてこれにはナフナの深い思い入れがあるのです。外国航路の船長さんだったお父さんが買ってきた日本のレコードはそのほとんどが美空ひばりのものだったのでした。(おわり)

「コリアンビートVol.3(1999年11月発刊)」に掲載されています。
→「見て見てリンク集」の【書籍編】

[おおきに:注]原文が在った処は【高信太郎さんのホームページ】なのですが、見れなくなっているようです。
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