韓国KBS2テレビ番組「余裕満々」(2011年3月2日放送)
羅勲児に関連する箇所の概要

林鍾寿(임종수)氏が語る羅勲児

  この日のテレビ画面にはゲストの歌手:チョ・ハンヂョ(조항조・趙恒調)さんの「男だという理由で」、
若き羅勲児さんの「故郷の駅」、太珍児さんの「オッキョン」、文喜玉さんの「愛が残っている時」がサッと流れ、 続いて林鍾寿氏とチョ・ハンヂョ氏が『男だという理由で』をデュエットして始まる。
歌い終わって盛大な拍手を受けた林鍾寿氏は、歌がうまいのもその筈で元々の夢は歌手であった。

   韓国の国民的作曲家である林鍾寿氏は300曲以上を作曲し、ヒット曲も多い。
「故郷の駅」、「南と北から」、「目じりに溜った涙」、「忘れないで」、
「初雪」、「冬の海」、「大同江便り」、「分校」、「恨」、
「妻に捧げる歌」、「別れは嫌」、「オッキョン」、「男だという理由で」
等は羅勲児さんも歌っており、その内、約半数が作詞も林鍾寿氏だ。

 太珍児のヒット曲「オッキョン」は元来の持ち主は羅勲児であった。
「この曲は誰にも与えてはだめだ、と繰り返し懇ろに頼んだ」羅勲児。
しかし、およそ8年が経つのに消息が無かった。 その時、ちょうど林鍾寿氏を訪ねてきたのが太珍児。偶然、思いもよらなかった太珍児との因縁だった。≪おおきに注:この「およそ8年も消息無し」と云うのはおおきにの全く勝手な想像だが、羅勲児さんが金芝美さんと駆け落ち同棲隠遁生活をしていた8年ではあるまいか?≫
「男だという理由で」も元来は羅勲児の持ち歌であったらしい。

 作曲家林鍾寿としてのデビュー曲は「故郷の駅」、二番目は癌闘病の末亡くなった自分の妻の為に作った「妻に捧げる歌」。
夫と子供たちと家庭の為に100%犠牲になる妻だから百ぺん死んで再び生まれても私はあなただけを愛します、と心底から歌う。
TV画面は30分間ほど歌手チョ・ハンチョ氏に関するVTRが流れる。

引き続きのVTRはチョ・ハンヂョ氏が林鍾寿宅を訪問する。
表紙に「作曲集 1號」と書かれた、いかにも古めかしいが大切に保管されていた作曲ノートをめくりながら林鍾寿氏はピアノに向かって母や妻の為に作った曲を弾く。
≪おおきに注:そのノートによれば1967年から作詞作曲をはじめているから羅勲児さんのデビューとほぼ同じだ。そして「林 鍾壽」とサインが有ることから、임종수の漢字表記が「林 鍾壽」であることを「おおきに」は初めて確認できた。韓国の資料は実に大雑把なので今までいろいろな漢字表記が見受けられたから困っていた。
そして68番の頁を開けると「故郷驛」と漢字でタイトルが書いてあり、頭に◎が付いている。
 この曲は元々「故郷驛」ではなくて「車窓に幼い姿」だった。だからハングルの「차창에 어린 모습」の頭に×印が付いている。≫
黄色いスーツ姿の若い若い羅勲児が「故郷驛」を歌うVTRが流れる。

 その後は林鍾寿作の曲を歌う数人の歌手達のVTRが流れ、又、林鍾寿氏宅で懐かしい写真を見たり、新人トロット歌手としてデビューしたフボン氏(林鍾寿氏の御子息)などが加わり、その場で即席で曲進呈となり、フボン氏が林鍾寿氏のピアノ伴奏で歌う。

 再び画面は公開録画会場に戻り、林鍾寿氏は羅勲児との出会いを語り始める。
 "作曲家無名生活を 5年間位したが羅勲児が私の通帳残高を満たしてくれて私を生かしてくれた"と言い、羅勲児が歌ってヒットした自分の作曲家デビュー曲 「故郷の駅」に対する裏話を披露した。
林鍾寿は「故郷の駅」の歌を作った当時、この歌を羅勲児さんが歌ってくれたら本当に良いと考えて、会えないかも知れない状況だが毎日オアシスレコード社を尋ねた。
 “新人作曲家が有名歌手に曲をあげたことは奇跡。大韓民国を代表する歌手に会うということは率直に言って不可能な事だった。”と告白した。 三ヶ月間レコード会社へ出勤でもするように日参し、難しいながら羅勲児に会えた。
 3ヶ月ぶりにやっと羅勲児に会えた林鍾寿だが "その時、私に与えられた時間はたった 5分だった。羅勲児の前で「故郷の駅」の歌を情味あるように歌った。 私の歌を聞いたら羅勲児が '林先生は私より歌がうまいですねぇ。 私がこの歌レコーディングします'と言って楽譜にサインをしてくれた"と語った。
 すると、トミーズ健ちゃんを若くしたような容貌とキャラクターのチョ ヨング氏が “羅勲児さんのサインがどんな意味があるのですか?”と問うと “羅勲児がサインをしない歌は吹込をしないという意味でそのレコード社社長と羅勲児だけの約束事だった。いくら有名な作曲家が来てもサインをしなければ、いくら努力をした事でも無駄な事だ”と明かした。

又、林鍾寿氏は羅勲児に会った当時の気持ちを “この世に生まれてこんな光栄をうけるのか!”と思った。そして “私の始めてのデビュー曲を当代最高の歌手が歌ったからかも知れないが本当に気持ちが良かった”と言って会場の笑いを誘った。

 羅勲児の歌を歌いかけた チョ ヨング氏に対し“そんな風に歌うのではない。羅勲児は先天的に歌が上手なのだ。チョ ヨングさんがそれを真似ることができるのか?”と言ってチョ ヨングに屈辱を与えた。
そして林鍾寿氏はチョ ヨングに一つ教えてやる、と言って "羅勲児の歌を歌おうとすればこぶしを回す時は一回りを回して歌に充分に感情移入をしなければならない"と羅勲児の歌の上手な歌い方を伝授して笑いを誘った。お手本を示すが、さすが上手い!!

引き続き林鍾寿氏は “銀行残高に例えて、一曲の歌を歌うのに必要なお金(声量や技量)が 500万ウォンなら羅勲児は 5億の残高があるほど余裕がある。” “歌を昇華させる能力が限りない”と羅勲児の歌の実力を称えた。

『誰もがうまく歌いたいが気持ちのままには歌えない故郷の駅
番組は「妻に捧げる歌」にまつわる感動の話等が続いた。

(byおおきに:林鍾寿氏は真面目で実直な方だが、シャチコバッタ堅苦しさは無く、飾らない人柄で熱く語る姿に好感が持たれた。
「故郷の駅」誕生の裏話に関しての詳しくは「見て見てリンク集、羅勲児さんの名前が出る頁編」にあるが、その話の裏付をご本人から聞いて確認できた。 2011.3.21)

テレビ放映シーンの画像(上段左:歌う林鍾寿氏と右:チョ・ハンヂョ氏)
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