指揮者によって羅勲児への手紙が読まれるコーナー。
1通目は女性の院生の方からで、
「羅勲児の曲ではないけど、「인생은 미완성」(人生は未完)をリクエストします」、という内容のようだ。
羅勲児は、「自分の作った曲ではないが、文句なしに良い曲です」、と答え、「リクエストの人はどちらに?」と、観客席を探し、見つけたようで、観客席の方に降りて来ている。
途中からカメラはルクエストした院生を映し出していて、羅勲児は、その話す声のみが聴こえるだけだが、羅勲児が、「ありがとう」と言った後、「あ」、と言っている。
続いて、複数のファンの、「オッパ、オッパ」と言う黄色い声とざわつきが聴こえてきた。
それはすぐに収まり、羅勲児が映し出される。手には花束を持っている。
そして、次の羅勲児の、「口紅がついていないか?」、と言った後、しきりに首筋を手でぬぐっている。それで察したのか、会場から悲痛などよめきが起きている。
たぶんだけど、何人かのファンが花束を渡すついでに、どさくさにまぎれて抱きついてキスを浴びせたのだろうと推測する。あの感動的なビデオの後なのに、これらの心ないファンは何を見ていたんだろうか。
ひとつ言えるのは、これらのファンは、羅勲児しか見ていない、他のものは眼中にないということだろう。
羅勲児の歌のみを聴いて、姿のみを見て、それにのみ反応する、それ以外は何も見えない、聴こえない、考えられない、ということだろうか。
当公演最初の曲の、「Oh Danny Boy」で、羅勲児が歌いだすとすぐに、「キャー」と、金属音が聴こえてきたが、静かな曲のイントロが台無しになっていて、羅勲児も少しびっくりした表情だったが、公演の邪魔をするのだけはやめてほしいものだ。
このトラブルにもかかわらず、羅勲児は動揺も見せず、リクエストの院生の前に行き(この女性院生は車椅子に乗っている)、指揮者に合図を送った後、腰を下ろし、歌い始める。
よいメロディ、よい歌詞、そして、羅勲児の歌声は優しさにあふれ、聴く側の心奥深くまで、その優しさが浸透してくる。羅勲児の右手は女性院生の手に添えているようだ
(羅勲児の歌が始まると、堅かった女性院生の表情が、急に生き生きして、一緒に歌詞を口ずさんでいる。実にいい表情だ)。
周りの観客の中には、流れる涙をぬぐっている人も見られる。
中間の間奏に入ると、羅勲児はおもむろに立ち上がり女性院生の肩に手を回し抱きしめる。これ以上のない激励を体現している。それにあわせるように白のドレス姿の女性バイオリン奏者がその近くで間奏部分を伴奏する。これも思いやりあふれる演出だ。そしてサビの部分に入ると、羅勲児は、顔を上げ、女性院生の肩を抱いたまま、残りを歌いだす。
エンディングでは、最後の歌詞を女性院生に歌ってもらおうとマイクを差し出す。そして、たった1フレーズだが、その女性の歌声の質の高さ! 音程は正確、リズムは見事にフェードアウト(ゆっくりとした速さで終わる)、声質はフォーク調の澄んだ声。かなりの音楽ファンと見た。
羅勲児が思わずもう一度女性院生を抱き締めたのも多いに納得だ。
この演奏パフォーマンスは、当公演を代表する一場面であることは間違いない。
さて、曲についてだが、「이진관」(イジングァン)、作詞作曲歌唱の1985年に数々の賞を受賞した作品だ。
その賞のひとつは、キリスト教カトリック協会音楽賞で、曲のメロディだけでなく、その歌詞の素朴だが気品の高さと高貴さが、受賞につながったのだと思う。
歌詞の意味を思い浮かべながら聴いていて、胸がジーンとくる数少ない曲のひとつだ。
(参考直訳)
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人生は未完 書きかけの手紙 けれども 私達は大事に書かなければ
愛は未完 歌いかけのまだ終わらない歌 けれども 私達は美しく歌わなければ
人よ人よ 私達は皆 異郷の人 寂しい胸の内同士 鹿のように寄り添って暮らそうよ
人生は未完 描きかけの絵 けれども 私達は美しく描かなければ
友よ友よ 私達は皆 旅人 恋しい胸の内同士 たき火にまきをくべて暮らそうよ
人生は未完 刻みかけの彫刻 けれども 私達は 大事に刻まなければ
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(2020.03.15 美辞麗句)