「カルムリ」「カジマオ」など50曲余のミリオン・セラーを持つ羅勲児(ナフナ)。韓国では、北島三郎的存在である。
(おおきに注:そうかなぁ、何か違う。ちょっと首を傾げるけど)
1984年(昭和59年)、ナフナの人気に目をつけたテイチクが、「みなと恋唄」(山口洋子作詞・猪俣公章作曲)で日本上陸をもくろんだが、思惑ははずれた。以来20年、年に一度の日本ツアーを大事にする。
1メートル75、78キロ、胸囲115センチ、強じんなノドで歌う歌はパワフル。ナフナ流にファンも酔う。
1947年、釜山生まれ。父親は外国航路の船長。恵まれた家の子は中学までは野球少年。捕手で四番打者(韓国では捕手がエース)、二度も全国制覇した。
「(その頃)
韓国にプロ野球があったら、野球やってた。」高校進学でソウルのソラボル校芸術科を選ぶ。
歌との出会いは物心がつく頃から。父親の影響で海外で買ってきたジャズ、ソウル、歌謡曲なんでもが刺激になり、高3の時「千里の道」で歌手デビュー。二作目の「愛は涙のたね」で全国区になりヒット街道まっしぐら。
「テイチクのお話は、初め断ったんです。そしたら、女房が僕より前にテイチクのお世話になっていたんですね。」
説明が要る。1978年、
「恋愛ブランコ」でお先に日本でビューを果たしたのが麗美(レイミ)。(おおきに注:クリックで画像)その後、ナフナと結婚した。
自らナフナとの交渉に乗り出したテイチク・南口重治社長(当時)がふと「レイミどうしてるかな」とつぶやき、事情が分かって双方がびっくり。ナフナは“義”を優先させ契約。
今、韓国ブーム。映画についでテレビドラマ「冬のソナタ」が爆発、“ヨン様だけがなぜもてる”現象である。
「時代ですよ。純愛は普遍。僕らが忘れかけていたんです。文化の交流は過去のわだかまりも和らげてくれる、いいですね」。
新曲「モルゴ(知らずに)」が好評。
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(おおきに注:現在は閉社されています)