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비나리  (雨模様)

 作詞 沈 守峰(심수봉)/ 作曲:沈 守峰(심수봉)

前曲に引き続き、限りなく暗い、深刻な雰囲気そのままに、当曲、「비나리」(雨模様)が始まる。
イントロでは、羅勲児のギターアルペジオ演奏(1弦ずつタタタと連続して弾くギター手法)に続き、
「이호성」(イホソン)氏のギターソロ演奏が入り、そして、開始の合図なのか、
羅勲児が複数のギターの弦を、同時に、力強く引っ張りながら、勢いよく弾き、歌が始まる。

「アリス」公演における、「그때 그 사람」(あの時あの人)以来、2度目の、「심수봉」(シムスボン)氏の曲の採用となる。
もの悲しくて哀愁に満ちた内容の曲の詞に対して、羅勲児は、真に迫った表情でギターを弾きながら、感情を込めて歌い上げている。
歌の合間に入る、「이호성」(イホソン)氏のギターは、
時には、ソロアドリブ演奏、時には、トレモロ演奏(ギターピックを使って1音を延ばし続けるギター手法)と、バラエティ豊かで、効果的なこと、この上ない。

曲の最初の間奏部分では、羅勲児は休まずに、「나나나」(ナナナ)で歌い続け、最後の間奏部分でも、今度は、「루루루」(ルルル)と歌い続けている。
どうしたんだろう、と思うぐらいの、熱の入りようで、ここまで、3曲続けて、「DARK羅勲児」、とでも言えそうなぐらいの、曲への浸り具合だ。
そして、エンディングとなるが、ここでも、ギター演奏は終わらず、このまま、次の曲への橋渡しとなりそうな雰囲気だ。

(羅勲児と「심수봉(シムスボン)」氏について)
심수봉(シムスボン)の、1976年発表の曲、「여자이니까」(女だから)は、羅勲児作詞作曲なので、
当然、これ以前からのお互いの交流があったことになる。
1975年に、심수봉(シムスボン)は、当時の韓国大統領の宴会に始めて招かれ、そこで羅勲児の曲を披露する。
それをその場で聴いていた羅勲児が、彼女の歌の上手さに惚れこみ、レコード会社を紹介(これは結果的に頓挫)したり、自作曲を提供したりもした。
ここからは、想像だけど、羅勲児は、歌だけでなく、彼女の作詞作曲の才能をも認めているのだと思う。
羅勲児自身も、曲を作っているのでその辺はよく分るのだろう。
さて、彼女の作る曲は、一般の韓国歌謡の曲と比べて、かなり異なっている。
より複雑な曲の展開方法を採用していて、言い換えれば、「1曲の中に、もう1曲、別の曲が組み込まれている」、という感じだ。
聴かせどころのメロディが終わったのに、またもう1度、別の聴かせどころのメロディが出現するので、その多様さに圧倒されてしまう、という按配だ。
典型的な例は、1984年の、「남자는배 여자는항구」(男は船 女は港)と、1989年の、「미워요」(憎い)の2曲だろう。
後にまで、強く印象に残るメロディ部分が、1曲の中に2ヶ所以上存在する。
彼女自身、デビュー前、かなりの期間、ジャズを学んだ、という影響も大きいと思う。

(「비나리」参考直訳)
・・・・・
キューピットの矢が胸に刺さり 愛が始まった日
またもう1度 運命のページがめくられる
私 あなたを好きになってもいいですか も言えず 限りなく やきもきする
私の眼差し 世のすべてが あなたひとりで変わってしまった
私達の愛 稽古もなく いきなり舞台に上がり
考えてみたら はかない夢を 夢みているのかも知れない
空よ 私の愛 いつまた去ってしまうのか
空よ 切実なこの望み また顔をそむけるのか

予想もできなかった運命で その時 あなたに会った日
晒された私の古傷が いつのまにか包み込まれるよう
私だけを愛するのは無理ですか 気持ちが 落ちつかなくなる 今日も切ない 私の胸の内
ほんのり温かいあなたの眼差し 寄り添う向日葵のように
愛と小さな舟ひとつ もう 海に浮かべて
考えてみたら むなしい夢を 夢見ているのかも知れない
空よ この人 またもう1度 涙になるのは勘弁して
空よ あの人 永遠に愛するようにして ああ 愛するようにして
(2021.03.15 美辞麗句)

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