
側近の話によれば、羅勲児は暫くの間、ここで宿食して人々に会ったそうだ。
実際にあちこちを注意して見ると片側の隅っこに四季の衣服が点々と並べてあって、
デビュー時から触れて来たギターと音盤制作に必要な機械等、
あらゆる物が取りそろえられていた。
さらには、別途に運動できる空間を作り、
別にスポーツジムなどへ行かなくてもよいように運動器具も揃えられていた。
運動する空間の方々には英語単語と文章が書かれた紙もペタペタ貼り付いていた。
側近は“羅勲児は現在アメリカに居る”そして“今もそうだが、これからも海外へ行き来する事が多いので円滑な意思疎通の必要性を感じるようだ。
アメリカへ出国する前まで運動する時だけでなく、移動する時も英語帳を必ず持って出かけるほどに英語学習三昧境に陥っていた。”と言った。
そうだったら、彼がカムバックする時期はいつ頃になるのか。
世間では来年が羅勲児の還暦だ。デビュー45周年だから来年上半期頃には消息を聞けるのでは、という話を耳にする。
また、梨泰院から京畿地域に居場所を移した時、相当な時価差額が発生したので、そのお金で公演企画と音盤制作をするという話も耳にした。
実際に確かめてみた結果、梨泰院作業室は30億ウォン台、京畿道ヤンピョン作業室は10億ウォン台中半で取引された。
一部では彼が居場所を変えた事を聞いて「お金」の為ではないか、という視線もある。
いつも特にいろいろなことをしないで公演を主とする活動をしてきたので、数年間、潜行して稼ぐ金は無く、使う金だけがあったから、多少生活が苦しくなっているのではないかということだ。
これに対して側近は“羅勲児は国民歌手だ。これから稼がなくてもよい位にその間、大金を蓄えてある”また、“たかがこの位の金額でわざわざ居場所を移す人では無い”と言い切った。