[ウィークリー朝鮮] 2008年9月16日(火)午前9:55

◆羅勲児'故郷の駅'秘話◆

【第四話】

 1970年3月9日、羅勲児が歌(‘車窓に幼い姿’)を吹き込みした。その翌日レコード社を尋ねたら ‘車窓に幼い姿’がタイトル曲に編集されたといううわさがぱっと広がった。想像もできない事だった。同僚作曲家と事務室職員たちが祝おう、と手を差し出した。林鍾寿の人生にも遂に日がのぼる日があるね,と彼は思った。
 しかし 5月初め、羅勲児アルバムが出た時は ‘車窓に幼い姿’はタイトル曲ではない三番目になっていた。既存作曲家たちの反発,専属金問題などさまざまを考慮してレコード社側が取った措置だった。彼は受け入れるしかなかった。
新しいアルバムの場合タイトル曲だけが電波に乗るきらいがある時代だったが羅勲児が歌ったから三番目の曲でも注目を引くかも、と待った。
 そんな彼に青天霹靂の消息が伝わった。
歌詞が健全ではない、と放送界が判定を下したという話だった。歌詞が政府の国民意識改革運動と相反するという説明だった。当時はすべてのアルバムに最後の曲にいわゆる健全歌謡が一つずつ入って行った時であった。権力が長髪とミニスカートまで取り締まった時代雰囲気だったからどうしょうもなかった。
このように‘車窓に幼い姿’は放送に一度も乗る事ができないまま消える悲運の運命になった。
(日本語訳:byおおきに2008.9.28)

【第五話(最終回)】へ続く
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