前曲が終了し、歓喜するリモート観客の様子を映し出した後、舞台では、おもむろにハープの演奏が始まる。
どうやら曲のイントロのようだ。黄金色の豪華なハープを奏でるのは女性奏者、「하와」(ハワ)と、画面では紹介されている。
このイントロ演奏は優美かつ繊細なタッチで見事の一言だ。
ステージ全体は濃い青色の薄暗い照明で、スモーク演出も行われている。
スポット照明を浴びるのは、ハープ奏者と羅勲児、それに、舞台右側の男女バックボーカル達のみで、舞台後方、大型スクリーンには、大量の雲の中、大きな三日月が浮かんでいる。
星屑も流れたりと、細かい演出も見られる。
曲中には、三日月に換わって、天体望遠鏡で見るような、丸い大きな満月らしきものも現われる。
中間部ではプラネタリウムの中のような星屑の演出に変わり、後半の歌の部分が再開すると、再度、三日月、そして満月と変わっていき、曲のエンディングへと移っていく。例によって、演出においての、羅勲児の、細かい部分へのこだわりが窺われる背景演出の数々だ。
羅勲児の公演について、よく知られているのは、いわゆる「D」と「S」へのこだわりが、並外れて強い、ということだ。
「D」は、「Detail」(詳細)、「S」は、「Scale」(規模)で、詳細にこだわり、規模にもこだわるということで、当曲の様々な背景スクリーンの演出は、この「D」へのこだわりだろう。
又、「S」の例では、第一部、「고향」での、オープニング曲、「고향으로 가는배」での、大型船などの大道具の演出、次曲、「고향역」での、実際の列車を使用する演出などが上げられる。
今まで、羅勲児のいくつもの公演を見てきて、毎回うならされているが、個人的には、特に、「D」へのこだわりの部分に対してだ。
詳細にこだわるということは、言い換えれば、曲の出来具合に対して、「まあ、これでいいや」と、妥協しないで、あくまでも、思い描く理想に向かって、労を惜しまずに、突き進むということになる。
言うのは簡単かも知れないけど、実際は、試行錯誤の連続や、理想が見つかっても、その満足できるレベルまでの練習の繰り返しは、並大抵ではないはずだ。
出演者は皆プロだから、その練習のためには費用が発生する。かなりの予算が必要になるだろうし、それだけでなく、何度も続くリハーサルに、出演者はかなりの忍耐も要求される。
それでも、毎回、やり遂げているのは、羅勲児に対する、周りのスタッフ、出演者達のゆるぎない信頼があるからだろう。
羅勲児のこれまでの実績から、素晴らしい出来栄えが保証されているからだと思う。
さて、曲についてだが、当公演の、「사랑」は、ハープ奏者を加えたことによって、今まででの最高の出来となっている。
この曲自身と、ハープの音色との相性がとても良く、聴いていて心地よいことこの上ない。
この曲の持つ、優しさや温かさに、ハープの音色が、見事に調和している。
ハープ奏者の見事な力量も関係しているのかも知れない。
今までの公演では、時には、バイオリンの集団演奏の伴奏や、ピアノの伴奏もあったが、どうも、羅勲児とゲスト女優とのデュエット、という印象が強い。
ゲスト女優の、どちらかといえば聴きづらい歌もあった(歌手ではないので仕方がないが)。
今回で、理想の演奏が実現したのだけど、次回は、是非、ジャズ風の編曲で、この曲をやって欲しい。
と言うのも、前々から、時折、思っていたのだが、「사랑」と、似た雰囲気のジャズの名曲があるからだ。
「Bill Evans Trio」(ビルエバンストリオ)の、「Waltz for Debby 」(ワルツフォーデビー)という曲だ。
メロディが似ているということではなく、聴いた印象が似ているということだ。
どちらの曲もワルツ(3拍子の曲)だからと思っていたのだけど、よくよく聴くと、「사랑」はワルツ曲ではなかったようだ(タタタ、タタタと、3連符が多い曲なのでそう感じたのかも知れない)。
「Bill Evans Trio」の「Waltz for Debby 」に、「Monica Zetterlund」(モニカゼッターランド)という女性ボーカルを加えた曲も有名で、聴くと、曲調がより似かよった印象を受ける。
ピアノトリオ(ピアノ+ ベース + ドラムス)に、ボーカルの羅勲児というのは、最高の編成になると想像するけど、どうだろうか。
(2021.02.01 美辞麗句)