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무시로  (ムシロ/いつでも)

 作詞:羅勲児 / 作曲:羅勲児

楽団のイントロが始まる。 そして、楽団の演奏風景が、会場、左右の大型スクリーンに映し出されている(今回、楽団演奏はすべて、事前に録画されたようだ)。
テレビ画面上には、曲名、「무시로」が表示される。
舞台、前方右側、円台上には、スポット照明を浴びたギター奏者がスタンバイし、ジャランとコードを弾き下ろす。
後方からは、左右に分かれた男女バックボーカル陣の歌声も加わる。
中央には羅勲児が陣取っている。 そして、生ギターのイントロ演奏が始まる。
この部分のギターのメロディライン、リズム感は、何とも言いようのないほど素晴らしくて、この時点で、すでにノックアウトされた気分だ。

ちなみに、ジャズの演奏で、アドリブライン(即興演奏部分)が際立って良いと、「歌っている」、と表現される。文字通り、あたかも楽器が人のように歌っていると言う意味で、この場合だと、「ギターが歌っている」、と賞賛の表現となる。
ジャズ演奏での最大の褒め言葉のひとつになっている。

「이호성」(イホソン)氏の、生ギター演奏を見るのは今回が始めてだ。
「コスモス」公演での、「무시로」の演奏時はエレクトリックギターだったし、同公演での、「내삶을 눈물로 채워도」(我が人生涙で充たしても)でのイントロ演奏でも、エレクトリックギターだったので、少々意外な気がした。
生ギターは、「김기표」(キムギッピョ)氏というイメージが強かったのかも知れない。 そして、このイントロ部分での、もうひとつの注目は、男女バックコーラス陣と、羅勲児との踊りでのからみだ。 最初は、左側の女性陣との踊りの交換、次は、右側女性陣との交換、最後に男性ボーカル陣との交換も用意されていた。 バックに流れる、少し、ラテン風の生ギター中心の楽団の情熱的な演奏と相まって、ほんの8小節ほどの長さだが、これ以上はないイントロ(出だし)だ。
「コスモス」公演での、「무시로」のイントロでの、「김기표」(キムギッピョ)氏と、「이호성」(イホソン)氏の、2本のギターの競演も、この上なく、素晴らしかったけど、今回は、踊りも含まれていて、総合的にも、より惹き込まれてしまう。
この効果的、かつ、印象的な、生ギターを採り入れたイントロの編曲、さらに、繊細な踊りの振付も、言うまでもなく、羅勲児の「D」へのこだわりだろう。

イントロも終わり、羅勲児の歌が始まるが、羅勲児の歌の合間の生ギターの挿入も、圧巻でスリル(わくわく)感にあふれている。
同時に、バックボーカル陣の踊りの振付も、工夫に富んでいて、観ていて楽しい。
そして、中間部でのギターソロ演奏も、「これでどうだ」、と言わんばかりの、いいメロディを奏でている。

観ていると、気分が高揚して、一緒に、踊りたくなってくる。
さらに、バックボーカルのコーラスも加わり、あたかも、だめを押しているかのようだ。
羅勲児も気持ち良さそうに伸び伸びと歌っている。
この様な、何とも言えない素晴らしい演奏、コーラスをバックに歌うと、かなりの快感だと想像する。
さらに振付まで自身で演出しているとなると、さらに快感が増すはずだ。

そして、2コーラス目が始まり、聴く者すべてを魅了しながら、エンディングとなる。
決めの、羅勲児とバックコーラス陣のポーズも、決まっていて憎いほどだ。

約3分間の演奏だけど、これほど、多種多様な要素に満ちた3分間は、稀にしか遭遇できない。 まさに「무시로2020」、とでも、名付けたいくらいの特別な演奏だ。

曲後の、リモート観客の歓喜と満足な様子を眺めての、羅勲児の、満足げな表情、動作に注目だ。
製作者、演出者冥利に尽きる気分と察する。

この曲の、精度の高さへの、自信、確信にあふれている。
熱狂するリモート観客に対して、何故か、珍しく、頭を下げたりもしている。 コンサートは続く。
(2021.02.07 美辞麗句)

(歌詞の参考直訳)は こちら「コスモス咲く夕べ」公演をご参照ください
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