羅 勲 児 VS 金 重 培 二人はどんな人?
私が選んで作る私 VS 私を削って作る私
韓国の本「사람 VS 사람」(本の表紙はこちら)
第四章 212頁13行から213頁4行まで

「理想的自分」に対する自分決定権

 ある年の秋夕(韓国の旧盆)、テレビに放映された羅勲児コンサートのタイトルは「大韓民国、歌聖、羅勲児」であった。
又、何年か前、五億ウォンの製作費を投資して作った「羅勲児の、音痴脱出クリニック」ビデオのタイトルは《大韓民国 羅勲児》であった。
彼は『大韓民国を代表する最高の歌手、羅勲児』という目標を設定しておいて、それに似合わない羅勲児の姿は大衆には見せないようにするのだ。
大衆は完璧に用意された状態でだけ姿を現す「大韓民国代表歌手、羅勲児」を見る事が出来るだけだ。

 そのような点で羅勲児の自分決定権は驚異的だ。羅勲児自身が規定したい「自分の姿」と大衆が認識する「羅勲児の姿」に取り分けて差が無いように見える。
人は皆、他の人に見せたい「自分の姿」が有るはずで、其れが即ち「理想的自分(Ideal Self)」だ。
羅勲児の「理想的自分」に対する執念は強力で確固だ。

 「理想的自分」に対する自分決定権は必要なだけの能力と意志が伴ってこそ生命力を持つことが出来るのであって、その点で、彼の自分決定権は驚嘆に値する。
羅勲児が主唱する「理想的自己」は彼のスター論に他ならない。

(日本語訳:byおおきに2010.2.7)
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